その夜、さんに電話しようと思ったけど、なかなかできなかった。
そうして結局、電話をかけることができないまま次の日を迎えてしまった。
「ね、これどう?」
「あ?あー…うん…いいんじゃねぇ?」
「なによ!その手抜きコメント!も〜…」
今日は奈瀬に強引に買物に連れ出されてしまった。
『いつも作戦に協力してるんだから!』というのが奈瀬の言い分だ。
しかし俺は正直、さんとの事でそれどころではない。
だから気の抜けた返事ばかり返してしまう。
昨日は結局、気まずいままで別れてしまった。
ーどう、思われたんだろう…。
俺と奈瀬が、浮気しているとでも思われたのか?
このまま、さんと仲がこじれたままだったら…
・・・考えるだけで恐ろしい。
そう思うと、居ても立ってもいられなくなり、帰る事を決意する。
「悪い奈瀬!俺…」
「…和谷君?」
帰る、と俺が告げようとすると、後ろから声をかけられる。
聞き覚えのある、この声。
視線を向けると、そこに居たのはさん。
・・・と伊角さんだった。
何?
何で二人で会ってんだ…?
心臓が、跳ね上がった。
「偶然だな」
穏やかに笑う伊角さんに、俺は引きつった顔で、しかし笑って対応する。
「…二人でどっか行くの?」
「ああ。さんに誘われたから」
サラリと言ってのける伊角に、心は大きく乱された。
二人で居る所を目撃しただけでおかしくなりそうなのに、「さんから、誘った」という言葉が、更に俺をどん底へ突き落とした。
・・・イライラする。
「へぇ…。俺達はこれからどうする?奈瀬」
あてつけがましく、奈瀬の肩を抱き寄せてやった。
そんな俺の気持ちが分かったのか、奈瀬も乗り気で応えてくれた。
「歩きすぎて疲れちゃった。ゆっくりできるとこ、行かない?」
甘えたように言うと、奈瀬は和谷の胸にすり寄る。
…ほんっとコイツは、こういう事になると、乗ってくるんだよな…。
チラリとさんの反応を見ると、睫毛を伏せて、下を向いていた。
これは、もしかしたら、少し…妬いているのか?
そう思った矢先に、さんが伊角さんの服の裾をぎゅっと握っているのを目撃してしまった。
「伊角さん。邪魔しちゃ悪いし…行こう?」
さんが伊角さんの指先を持って、ねだるように引っ張った。
…は?
さん、何やってんの?
・・・頼むから、自分から伊角さんに触れないでくれ。
伊角さんは絶対に、さんを好いている。
これは間違いない。
さんがその気なら、伊角さんは確実に落ちる。
なのに、そんな。
そんな、仕草。
「和谷君、邪魔してごめんね。私達、行くから」
いつも通り、言い方は優しいんだけど。
何というのか。
凄く、よそよそしく感じた。
ーとうとうさんに、嫌われたのか?
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