「はは…お前、そんなに花、好きだったか?」 むしろお前、花より団子だったんじゃなかった? 俺は少し前の、だが最近と言えば最近の、ちょっとした出来事を思い出した。 いつも和谷の部屋でやる研究会。 差し入れにと、奈瀬が花束を持ってきた。 『綺麗でしょ?この飾りっ気のない部屋も、ちょっとはマシになるわよ!』 嬉しそうに、転がっていた缶に水を入れ、花を飾り出した奈瀬に、和谷は何とも失礼な事を言った。 『シンプルって言えよ。つーか、お前、差し入れに花って…。食えるもん持ってこいよ』 …俺としては、全くもって有り得ない返しだ。 慣れ親しんでいる仲間と言っても、女の子だ。もう少し言い方があるだろう。 額に手を当てると、俺は必死にフォローに回った。 …その時の恐ろしい奈瀬の顔を、今でも覚えている。 「…食えるもんが良かった、んじゃないのか?誰かさんにはそう言ったよな。和谷」 俺が意地悪をして和谷を突くと、和谷はあからさまに焦った顔をした。 どうやら和谷も覚えているらしい。 「さ、冴木さん!」 言うなよ!と顔を赤くしている和谷を見ると、ちゃんはキョトンと目を丸くした。 あー、マズイ。 この発言って、ちゃんも傷つけることになる…よな。 うわ、馬鹿した。 だが、俺の心配とはよそに、ちゃんは口に手を当て、笑い出した。 「男の子だもんね」と一言呟くと、奈瀬と話しを始めた。 奈瀬と話す横顔が、綺麗で。 ああやっぱり、この子が好きだと思った。 和谷の家への方向と、ちゃんが花屋へ戻る方向への分かれ道。 そこで俺達は立ち止まった。 ちゃんは奈瀬と話していたのに、今は和谷と話している。 和谷も案外、抜け目がない。冷静を装うと頑張ってみても、ついつい、目線がそっちへいってしまう。 俺もまだまだだと、自嘲的な笑みを浮かべた。 すると、奈瀬がツンツンと、俺の肘を小突いてきた。 「なに?」 「…聞いてあげようか。ちゃんの好きなタイプ」 なに…! コソコソと、露骨に言われたものだから、俺はギョっとした。 奈瀬は俺の気持ちなんか、とっくにお見通しだったようだ。 さすが、女の勘は鋭い…。 「…はは。なんで俺が。和谷に教えてやった方がいいんじゃないか?」 心にもないことを言うと、奈瀬にジロリと睨まれた。 そしてその後、ハァと息を吐き出した。 「…だって冴木さん、気にしてるでしょ。あの二人」 それは、もう。 どうかしているっていう程、気にしてる。 そんな事、分かってる。 でもまさか、奈瀬にも分かっていたとは…。 俺はそんなに分かりやすい男なのかと、軽くへこんだ。 ちゃんのタイプ。 それは何となく、俺の頭に浮かんでいた。 会ったばかりの頃は、年上かな…とも思った。 何故なら、彼女は世間一般では妹的なタイプだったからだ。 だけど、今は少し…違うんじゃないか、とも思ってきた。 和谷と仲が良すぎる。話、弾みすぎてないか? ちゃんのタイプは、年下なんじゃないか、という疑惑が出てきた。 それだったら俺はどうしたらいいのだろう。 どうしようもなくなって、気持ちを沈ませていると、それを見かねたらしい奈瀬が、ちゃんと和谷を引き離した。 二人の間に入って、今度は俺の前にちゃんを差し出す。 「冴木さん、車で送ってあげなよ!ちゃんがまた迷ったら大変だし。」 奈瀬!なんていい奴なんだと、心から感謝したい気持ちになった。 ここまで周囲に気をくばれる。 きっと、あと数年すれば素晴らしい女性になるに違いない。 奈瀬はパチンと、俺に片目を瞑って見せた。 車は和谷のアパートの駐車場に止めている。 ここから少し、歩くことになるが…。でも、そうさせて貰いたい。 「…いいんですか?研究会の途中じゃ…」 「全然。構わないよ。和谷の家まで一緒に行ってもらっていいかな」 サラリと笑顔を出すと、奈瀬が吹きだしたのが分かった。 どうやら俺の変わりようがおかしかったらしい。 当たり前だ。 自分でもおかしいと思った。 でも、そうか。 こういうのが、片思いなのかと。 恋、なのかと。 この年になって、改めて実感した。 |