今度はからかうような笑い方じゃなくて、優しく微笑まれる。
でも私は、冴木さんのこういう笑い方が苦手で、すぐに目を逸らしてしまった。
***
冴木さんのお陰で、会社には遅刻しないで行けた。
そして昼休み。
「えーーーっ!!?」
茜は会社中に聞こえるような甲高い声を上げた。
原因は、私。
私の話。
茜には話しておこうと思って、昨日から今日にかけての出来事を話したのだ。
そりゃまぁ、驚くよね…
よく知らない男の人と、一緒に暮らすなんて。
「いいなーっ」
・・・はい?
幻聴かと思って茜の方を見ると、どうやらそうではなかったらしい。
羨ましそうに、私を見てきた。
「いいなぁ、っ。私も同棲した〜いっ」
「どっどこがいいのよっ!!」
「だって憧れるわよ、同棲って。あ、でも…もしかしてその゛冴木さん″ってブサイクとか…?」
こわごわと、茜が顔を覗いてきた。
ブサイク、じゃないよね…
むしろ・・・
私は冴木さんの顔を思い浮かべながら、彼は一般的に見てどうなのかを考えていた。
少し、顔が熱くなったような気がするけど、きっと気の所為。
「・・・かっこいい、けど・・・でも・・・」
ちょっと変わった人・・・
と、言おうとしたのに。
「かっこいい」という言葉を出した瞬間、茜は手を組んで目を輝かせた。
「うっそ!会いたいっ!」
「え、ええ・・・?」
私の手をガシっと掴むと、茜は「冴木さんに会わせてっ」と連呼しだした。
ちょ、ちょっと待って・・・
茜、彼氏いるじゃない・・・
そう言ったら、それとこれとは別だって言われた。
別・・・別なのか・・・
最初は混乱していたけど結局茜の熱意に負けて、今日の帰りに茜を家に呼ぶ事になった。
***
冴木さん、いるかなぁ・・・
マンションのエレベーターの中で考えていると、茜が首を傾げて聞いてきた。
「冴木さんて、何してる人?」
・・・何だっけ。
えーと、確か・・・
「囲碁のプロだって言ってたような・・・」
うーん、と頭を捻りながら言うと、茜がまた甲高い声で叫んだ。
今日何回目になるやら・・・。
「プロっ?すごいじゃない」
「うーん、でも詳しく聞いてない」
そんな事を話していると、目的の階に着き、エレベーターの扉が開いた。
背の高い男の人が、視界に入ってくる。
・・・心臓が、飛び出るかと思った。
だって、このひと。
「あれ、ちゃん」
「・・冴木さん」
茜は、私と冴木さんの交互にキョロキョロと見ていた。
そんな茜に、冴木さんは極上の笑みを向ける。
「どうも。ちゃんのお友達?」
「あ、ども・・・。柏原茜です。」
ペコっとお辞儀する。
あれ?
茜・・・もしかして、緊張してる?
珍しい・・・
その様子が面白くて、微笑を漏らすと、冴木さんの視線がこっちに向いた。
「これから研究会なんだ。帰り、10時頃になるから」
そう言うと、私の手の平に鍵を乗せて、ぎゅっと握らせた。
手、触られた・・・っ
恥ずかしくて俯いていると、また冴木さんが笑っているのが分かった。
ま、またからかわれた…
ムーッっと冴木さんを上目遣いに睨むと、更に冴木さんの笑いはひどくなった。
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