「入りたまえ」


扉の中から声が聞こえると、エドはヒョイと顔だけ出した。
出てきた顔に、目を丸くさせたまま、書類を持つ手を止めていた。
エドはいつも堂々としていて、こんな入り方はしない。様子がおかしい。

「…?何をしているんだ、鋼の。」

そんな所にいないで、入ればいいだろうと勧めるロイに、しかしエドエドは目を逸らしたまま部屋に入ろうとしない。
あくまで顔だけ出している。

「は、はは…いや、その…」

夜、会いに行くと言う事がこれほど勇気がいるものとは。
変に意識してしまって、まともに行動が取れない。
部屋に、入れない。

「…鋼の?どうしたというんだ」

いつまでもこうしている訳にもいかない。
観念して中に入り、厚い扉を閉めると、どうにもこうにも二人だけの空間という物ができあがってしまって、直ぐに逃げ出したくなった。
扉の前で止まったまま、ロイに近寄ろうとはしない。
いつものようにドカっとソファに座ることもない。

「…………」

じいっとロイに見つめられ、エドはギクっと肩を震わせた。
様子がおかしいのは気がつかれているはずだ。
ここで「夜、会いたい」などと言ったらどう思われるか。何か企んでいるのがバレてしまうのは必至だ。
だが、言わない訳にもいかない。

(まいった……)

はーっと重い溜め息を吐き出すと、ロイはちょいちょいと手招きをした。おいで、と。
しかしそれを見た瞬間、エドは逆に後ずさってしまった。

「…何で逃げる」

「…ここでも声、聞こえるって」

「触ることはできない」


仕事中に何を考えているんだ、と思ったが、自分も言えた立場ではない。
夜這いだ、色仕掛けだ、と考えているのだから。
ぐるぐるぐるぐる、頭はパンクしてしまいそうだ。顔に出ていないだろうか。それが心配だ。
何せアル曰く、自分は顔に出やすいのだそうだから。
ロイの視線はエドから逸れる事はない。
どうかその目で、見透かさないで欲しい。

「…大佐、今日仕事結構かかりそう?」

「頑張りしだいだな」

扉に張り付いたまま、エドが聞く。
書類をトントンと揃えると、時計に目をやる。先がまだ長い事を自覚すると、バチンと音を立てて、時計を閉めた。


「夜、会える?別に遅くなってもいいんだけど。晩御飯、たまには一緒に…」

「…………」

何も答えずにポカン…としているロイに、エドはまずかったか、と、口を閉じてしまった。
折角揃えた書類は、ズルリと机から落ちてしまった。
落ちた、と言っても、ああ、と答えるだけで、まだエドを見ている。

「…ああ、いや…君から誘ってくるのは…その…」

珍しい、と口にするとすぐ、書類を拾った。
また、書類を机に押し付け揃え直す。
とん、とん、とん。
音が、強い。いけない、動揺しているのが分かってしまう。ロイはそう思ったが、だが、もう書類を落とした時点でアウトだったと思いなおした。

「…勿論。せっかく誘ってくれたのだからね。書類の山は早く片付けるとしよう」

「…ん。宿で待ってる。…オレから誘うのって、そんなにオカシイかよ」

「ああ。いつも私からだろう?何か企んでいるのかと思ってしまう」

そこまで言うと、エドはあからさまに動揺しだした。
それ以上後ろにはいけないというのに、扉に背中を、更にくっつけた。
肩が上がっている。

「な、た、企んでねーよ!」

企んでいる、という事はバレバレだった。
純粋な気持ちで誘ったわけではないのか、と、ロイは少し心を沈ませる。
頬杖をつきながら、書類を見る。一瞬だけ。
すぐにその瞳は、エドに向いた。





「−何を企んでいる?鋼の。…私に隠し事など、無駄な事だ」


鋭い視線。
全て、見透かせやしない。


その前に。


せめて、自分から。









「企んでる、に決まってんだろ!」




自分も相当な負けず嫌いだ、とエドは思った。にっと笑うと、ようやく扉から背を離し、ロイを一睨みする。
勢いよくロイの元へと向かった。
ロイもすっかり余裕な顔を作り、エドに微笑みかける。
いつもの、口元だけあげる、といった笑みだ。

「夜会いたい、と言うからには。夜這いでもするつもりか?」

書類があるのも構わずに、バンと机に手を叩きつけると、ロイの顔に接近した。
紙が、舞う。ひらりひらりと落ちていく。
丁度下に落ちた頃には、エドは企みを暴露していた。

「…当たりだぜクソ大佐!今夜!夜這いしに行くからな!」

いきなり暴露された事実に、ロイはただただ呆然とエドを見つめている。
まさか本当に、そんな事を考えていたとは思わなかった。
言った後で、流石に恥ずかしくなったエドは顔を少し染めながら、それでも言葉を続けた。


「最初で最後の夜這いだ。…っ心して受けやがれ!」

「あ、ああ…」

それだけ告げる、物凄い速さで去っていった。
ポカンとしているロイを、一人残したまま。
まさかエドが、夜這い。自分を。

口元を抑えながら、しかし赤面するのは止められない。
どうしてあの少年は、こうも自分を翻弄するのだろう。

仕事にならないような頭を必死で動かし、ロイは書類に目をやり始めた。







もっと翻弄されるがよいよ


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