「…オレの姿を全部見れるのか」
「−…ディーノさんがいいのなら…」
「−…化物って、街の噂は溢れるほど聞いてるだろ?」
「聞いてます」

緊張と、寒さで手が震える。
しかし、ディーノが落とした黒い薔薇はしっかりと持ち、改めて、その色を瞳に映した。
雪は深深と降り続け、止む気配を感じさせない。
もう一度、ツナは「降りてきてくれませんか」と言った。

「ー…初めて会った時のこと、覚えてますか?」
「…ああ」
「ディーノさんが降りてきてくれないと、永久に抱きしめたりできない…」

『慰めて』ー抱きしめてくれる?
初めて会った時、ディーノはそう言った。
それをツナはずうっと覚えていたし、勿論ディーノも。
会ったばかりの時は、本気で言った訳でもなく、ただ、ツナの反応を楽しみにしていただけだった。

”降りてきて、くれないと…ディーノさんに触れない”

からかわないでください!と、赤くなるものだとばかり思っていた。
しかし予想に反して、ツナはYESと答えたのだ。
彼はそういう少年なのだ。
慰めが欲しいと言えば、変だと思う暇もなく、手を差し伸べる。
ツナに惹かれるのに、大した時間はいらなかった。
彼への愛は、夜毎積もっていくばかりだ。
ー 反応を楽しんだ、初めての出会いとは違い、今は本気でツナの温もりが欲しい。

(初めて会った頃は、オレの姿を見てなかった。−…今、もし…)

もしも降りてしまったら。
ツナはどういう顔をするのだろう。

「−…すいません。嫌、だったら」

ディーノは意を決したように目を瞑ると、軽やかに屋根から飛び降りた。
突然、自分の前に音もなく降り立った男に、ツナはビクリと身体を揺らし、瞳を丸くさせた。

「ー……、ディーノ…さん?」

力なく微笑んだディーノの顔は、半分仮面を着けていた。
もう片方の顔は、恐ろしく、美しいものだった。
何処の貴公子にも負けないーいや、こんなに美しい男など、いやしないだろう。
肩まである金色の髪が、冷たい風で少し揺れた。
ーこの顔を、確かに見たことがある。

「…あ!あの、舞踏会のー…モチダさんの妹君に近づいてた人ー…!」
「…覚えてた?」
「お、覚え…、そりゃ…」

こんな美しい顔を、一度見たら忘れられないだろう。
本当に、同じ人間かと思うくらいに、ディーノのそれは見事なものだった。

「あ…ありがとうございました」
「ん?」
「あの時ー…助けてくれたんですよね。ルリさん、機嫌が悪かったから…」

ディーノは美しく微笑む。
ツナは不思議で堪らなかった。
何故、こんなに綺麗な人が化物扱いされるのかー
実際、あの舞踏会ではルリも見惚れていた程だ。

(それに、あの舞踏会では、ディーノさんは仮面を付けてなかった…)

つまり、顔全体を晒していた。
しかし、美しかったのだ。あまりにも端整な顔立ちに、ツナも見惚れてしまったほどだ。
ツナが視線で投げかけた疑問に気がついたらしいディーノは、少し唇を結んだ後、
再び口を開いた。

「…今日はまだ”マシ”な方」
「え?」
「この片方の顔は、恐ろしいほど醜い」
「でも、舞踏会の時はー…」

ディーノが仮面に触れながら睫毛を伏せる。
疑問をぶつけたかったが、胸に閉じ込め、ツナも、そうっと腕を伸ばし、背伸びをする。
ディーノの仮面に、優しく触れると、ディーノの瞳が不安に揺れたのが分かった。
彼は何かを、恐れているー。
顔を見られること、だろうか。
ツナは手を引っ込めると、視線を落とし、迷ったような顔を見せた。
そして一歩、距離を詰めると、ディーノの外套を力なく掴み、その身を寄せた。
抱きしめている、とまではいかない。
しかし、これは −

(…え?…いいのか?このままー…)

ツナに触れてしまっても。
降りてきてくれないと抱きしめられない。と、ツナはそう言った。
しかし、いざ、ディーノが降りてきてくれても、自分から抱きしめるのも恥ずかしいものがあるらしい。
まあ、当然の事だ。
迷ったツナは、少しだけ、ディーノに身を寄せたのだ。
緊張しているらしく、身を縮めている。恐れからではないことは、伝わってきた。
何故なら、少しずつ、ツナがディーノの胸に、自ら距離を詰めていったからだ。
ディーノも躊躇いながら、ツナに手を回す。
触れたい、触れたい、と、常に思う気持ちと、もしもツナが恐怖に震えてしまったら。
離れていかれたらーという不安が、完全にツナを自分の胸に閉じ込められなくしていた。

「……、…」

いよいよツナが完全にディーノの胸に顔を付け、背中に腕を回すと、
漸くディーノは、有りっ丈の力を込めて、ツナを掻き抱いた。
正直、苦しかったツナだが、何も声を上げずにディーノの腕の中に閉じこまっていた。

彼をこの腕の中から離すのは、大層難しいことだった。
離したくない、離れたくない −しかし、離さないわけにはいかない。
やっとの思いでツナを離し、そして別れの時間になると、ツナは自分を見て、
いつもと変わらずに名前を呼び、挨拶をした。
優しい瞳の中に、自分を映したー

ああ、もう、一時だって離していたくない。












翌日、ツナは言われた通り、煙突掃除をしている主の屋敷へ向かった。
使用人の数は、モチダやキョウコーモルス通りの貴族から比べれば、随分と少ないのだが、
ツナはそんな事、気がつかない。
使用人を雇えるという時点で、彼の中では億万長者なのだ。
使用人に連れてこられ、主の老人の部屋へと向かう。
上半身だけを起こし、ベッドに入っていた。

「おお、よく来た…」
「…あの、オレ…何か粗相をしましたか?」

仕事で何か失礼をして、クビにするという話ではないかと、ツナはビクビクとしていた。
しかし老人は、優雅な手つきで真っ白な髭に触り、フォッフォ、と笑って見せた。

「違う。違うんじゃよ。いや、驚かせてすまない。ただー…君のピアノが、聴きたくてね」
「…−………え…?」
「美しい。あの舞踏会で弾いたピアノは、君じゃろう?」
「!!ちー…、ちが…違います!ピアノなんて弾けません…っ」
「分かっておるんじゃよ。のう、頼む」

ツナが戸惑いを隠せないでいると、使用人がそっと、口を挟んだ。

「旦那様は最近、めっきりと元気がなくて…。あの舞踏会には立っていけるほど元気だったのに、
今はもう…このベッドで過ごすことが多くなってしまって…」

悲しそうに、瞳を揺らし、ツナを見つめた。
優しい笑みで、自分にもチップをくれた。きっと、使用人にも慕われているのだろう。
ツナはもう一度、老人を見る。

「…オレが弾いたこと、内緒にしてもらえませんか?」
「ああ、構わんよ。君がそう言うのなら」

ゆったりと頷いた老人に、ツナも頷き返すと、部屋の片隅に置いてあるピアノの側へ寄る。







や、やっとディノさんとハグでけた…!<まだハグどまりですか というツッコミはナシの方向で…!



NEXT→

←BACK

小説へ戻る