気がついたら、いつもディーノと会話を交わす広場のベンチに居た。 モチダに追いかけられ、仮面を取られた素顔を見られ、 目を瞠ったモチダの顔が、頭に焼きついている。 そしてその後、一瞬体が浮いたかと思ったら、そのまた一瞬後には、この場所に存在していたのだ。 目の前には、ディーノが立っていた。 「−……、ディーノさん?なんで、オレ…ここにー…」 ディーノの瞳が少し細められたかと思うと、ツナの手を取った。 ここまで攫ってきたのはディーノだという事に気がついているのか、いないのか。 ツナはすぐに微笑みを向けた。 「ディーノさん、ディーノさんから教わった曲に皆、拍手してくれたんだ! 弾いてる最中も、凄く楽しかった。最初は緊張したけど、…指はちゃんと動いた。ありがとう、ディーノさん」 「ー……よかったな、ツナ」 ウン、と言ったツナの頬は、愛らしくほんのりとしたピンク色に染まっていた。 普通の男ならば、この姿をウットリと見つめ、我先にとアプローチするのだろう。 そしてドレスと化粧を落とし、貧相な格好の彼を見たら、冷めた瞳を向けるのだろう。 彼の、本当の魅力を知らない者達は、きっとそうなのだろう。 頬紅などしなくても、十分だ。こんなドレスを着込む必要などない。 欲しいのは、美しいドレスを着た貴婦人でも、綺麗に化粧されたお嬢様でもない。 ただ、この目の前の少年が欲しい。何も身に着ける必要などない。灰でも泥でも、いくら汚れていたって構わない。 この存在だけで、十分すぎる価値がある。 「大成功したなら、願ってもいいか?」 「もちろん、オレに出来ることなら」 演奏が大成功したら、一つ願いを叶えて欲しいと、ディーノは言った。 勿論、自分に出来ることならするつもりだ。 ディーノを見つめていると、段々と意識に靄のようなものが掛かってきた。 徐々に、頭がぼんやりとしてくる。 (あ、れ……?) ついに意識が無くなり、首がガクリと上に向き、身体はディーノに倒れかかってきた。 それをいとも簡単に抱きとめると、改めて力を入れて、ツナを抱きしめた。 愛しそうに髪を撫でると、微笑みながら、そこに口付けを落とした。 「ー…オレのツナ…。やっと、手に入れた」 翌朝、目が覚めて一番に見たものは、高い天井だった。 そして一番に耳に入ってきたのは、オルゴールの音だった。 此処が自分の家じゃないという事に驚き、ツナは辺りを見回した。 まず自分が寝ているのは、柔らかいベッドだ。異様に大きく、3人くらいは寝れそうであった。 ベッドの横には小さなテーブル。ランプと、オルゴールが置いてあった。 箱の上に猿が乗っていて、オルゴールのリズムに合わせて、シンバルを叩くのだ。 何処か切なく、優しいメロディーを、ゆっくりと、繊細なオルゴール音で演奏している。 (−………綺麗な音…) ツナはベッドを抜け出し、きめ細かな模様の絨毯が引かれている床に足を着けた。 足に何か纏わりつく感じがして、自分がドレスを着ているんだという事に気がついた。 まだ化粧もしていたままらしく、ベトベトして気持ちが悪い。 とりあえず何か着る物を探すと、ベッドに綺麗に畳まれた服があった。 自分の物ではない。もっと、上等なものだった。 それを手に持ち、部屋の中にバスルームが内蔵されてないか歩き回ってみた。 高級感溢れる、ホテルの一室なような部屋だけに、バスルームも完備されていた。 とりあえず、シャワーを浴び、またフカフカなベッドに腰掛ける。 暫く時間が経って、少し眠気が襲ってきたところに、コンコン、と、扉を叩く音がした。 恐る恐る扉の方へ近づき、返事をすると、栗毛色の、長い髪の毛を、きっちりと一つに結わいた女性が現れた。 その女は一礼するが、部屋には一歩も入ってこない。 「ユエと申します。朝食の時間になりますので、お迎えに上がりました」 「あ、あの…ここ、どこなんですか…?」 「ディーノ様のお屋敷でございます」 「え!?ディーノさんの!?」 そういえば、ディーノと話してるところまでで、記憶は終わっているのだ。 具合が悪くて倒れたのを、ディーノが彼の自宅へと運んでくれたのだろうか。 とにかく、どういうことか説明してもらわなければならない。 ユエに導かれるまま、果てしなく続きそうな廊下を歩き、いくつかの階段を下り、 最後に螺旋状の階段を降りた。 一室の前でユイは立ち止まり、扉をノックすると、「入れ」という声が聞こえてきた。 (…ディーノさんの声だ…) この大きすぎる屋敷は、間違いなくディーノの棲家のようだった。 中に入ると、良い匂いが一杯に満ちていた。 長いテーブルの向こうに、ディーノを発見すると、ツナは漸く、肩を下してホっとした。 「おはよう、ツナ。良く眠れたか?」 「…あの…、オレ、昨日…?」 「−…まあ、食べながら話そうぜ。腹減ったろ?」 確かに、腹は空いていた。 ディーノの提案に、ツナは素直に頷くと、ディーノと対面する形で、腰掛けた。 目の前にはパンが沢山盛られ、すぐにスープがやってきた。 数々の料理が並び、こんな豪勢な朝食は食べたことが無いツナは驚いて目をぱちくりさせた。 ディーノをチラリと見ると、「召し上がれ」という風に頷いたので、ツナは「いただきます」と軽く頭を下げて、 すぐに銀のスプーンを持った。 カシャカシャと音を立てながらスープを飲み、詰め込めるようにパンや肉を一通り食べると、ディーノの方に視線を向けた。 「…何でオレはディーノさんの家に…?」 「オレの願いを叶えてもらう為」 「………願い…?」 「ああ」 デイーノは席を立つと、ツナの側にやってきた。 「これから、オレと一緒にここで住んでもらう。もう街へは帰さない」 「−…………へ…?」 一瞬、思考が停止した。 ツナは真っ白な頭のまま、ディーノを見つめ続けた。ディーノは薄っすらと笑っている。 作り物のように綺麗な、半分の顔と、真っ白な仮面で覆われている、もう半分の顔。 それを、じいっと見ていた。見ること以外、何も出来なかった。 しかし漸く、弾かれたようにハっと目を瞠ると、ツナは首を横に振り出した。 「な、な…、何言って…!なんでそんな…っ」 「ツナ」 ディーノはツナの前に跪き、膝に置かれた手を取り、自分の唇を押し当てた。 「…何でも、聞いてくれるんだろ?」 「−……でも、何で…」 真摯な声で、そして疑問を投げかけているというよりは、切実に、切実に頼み込んでいるような ディーノの言葉に、ツナも、むやみに断れない。 再度ツナの白い手に愛撫すると、ツナは手を引っ込めようとした。 それを瞳で制止する。 「ー……この孤独から、救い出してほしい」 ツナ以外、自分を救える者は居ない。彼以外、何もない。 ディーノがそう思っているのに対し、ツナは全く別の事を思っていた。 彼の頭の中には、最初に出会った時のディーノの言葉が蘇っていた。 『花嫁に逃げられた』と、彼は言っていた。 彼は、愛する花嫁が居ないから、孤独なのだ。 (…ディーノさんの側に、居たいけど…) けれど、自分には父親の世話もある。彼はきっと、自分がいなければ食べていけないだろう。 もはやまともに働くことなど、できやしないに違いない。 そして、トシロウのこともあった。 彼に会えなくなるなんて、絶対に嫌だった。まだ、演奏の成果も伝えていないのに。 「デイーノさん、凄く感謝してるけど、でもオレ…。…こんなの、やっぱり困る…!街に、帰してください…」 「此処から出すことは出来ない」 「そんな……っ」 ディーノの唇が、再びツナの手の甲に触れると、今度こそツナは、手を引いた。 何も言えずに、唇を結ぶと、勢い良く席を立ち上がった。 そのまま背を向け、足早に、扉に向かった。 「ツナ!」 「−…、ごめんなさい」 ほんの少し、頭を地面に向けると、ツナは扉から出て行った。 彼が出て行った途端、部屋はからっぽになったように、深閑とした。 |
いよいよ攫われました。
でもツナが嫌がっています(笑…わ、わらえない…<ディーノさんが哀れ)
いやツナはディーノさんが大好きなんですが、やっぱり街に居る人達に会えなくなったりするのが
辛い、と。
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