恐怖を感じつつも、しかし「デイーノは優しい」と思う気持ちは変わらず、ツナは少し、戸惑っていた。
確かに、自分にはとても優しい、と、思うのだが、それでも、時折見せる、瞳の果てのない暗闇ー
見る度に、そして重々しい空気を、オーラを感じるほどに、ツナの恐怖心は膨れ上がった。
どうすることもできずに、ツナはただ、ディーノに普通に接しようと努力していた。
ユエは相変わらず、街に出たりしているようだ。
ツナはふと、思った。
街に良く出入りするユエならば、モチダは勿論のこと、トシロウのことも知っているのではないだろうかと。

「−………ユエ、さん」
「はい?」
「あの、ヴィリカの街に良く、行きますよね。トシロウさんって知ってますか?」
「−…ええ。知っているわ。有名ですから」
「具合、トシロウさんの具合とか、噂で流れたりしていませんか?」

ついつい早口になってなってしまう。ずっと、ずっと気になっていたのだ。
あんなにお世話になった人だ。ベッドで一日を過ごすのではなく、元気になっていて欲しい。
ツナがまだ街に居る頃も随分、具合が悪そうであった。

「流れていますわ。−…2ヶ月後の誕生日のパーティーを、とても楽しみにしていたようだけれど」
「具合、−…悪いんですか?」
「−…とても。ほとんど、起きることも喋ることもないそうね。…そして、貴方を探している、と」
「−……オレを…?」
「そういう噂です」

ツナは居ても立ってもいられなくなった。
彼に会いたかった。どうしても、もう、今すぐ此処を飛び出してしまいたかった。
ツナはヘニャリと、その場に座り込んでしまった。
部屋の掃除が済んだユエは、軽く会釈をして、ツナの部屋から去った。
座り込んだツナは、ノロノロと立ち上がり、ベッド横の、小さなテーブルの上の、サルのオルゴールを見つめた。
手を伸ばし、螺子を巻くと、シンバルを叩き始める。
ー目を覚ました時、一番に聞いた音。

(−…ディーノさん、どうか許してください)

祈るように、瞳を瞑ると、ツナは部屋を出た。
未だに迷う、広い広い屋敷内は、いつもと変わらず、静寂を守っている。
必死で記憶を呼び起こし、迷いながらもディーノの部屋に向かう。
気味の悪い銅像に挟まれた道を、進んでいく。
確か通ったことがあったはずだ、と感じ、更に進んでいく。
すると、角から物音も立てずに、ツナの前へと黒い影が姿を現した。
ツナは驚き、ビクリと身体を跳ねさせて驚いた。

「−…ツナ?どうした、迷ったか?」
「あ、−…ディーノ、さん…。ディーノさんの部屋に行こうと思、って…」
「そっか」

今日は、顔が全て覆いかぶさる、白い仮面を着けている。
しかし、ディーノの声が、嬉しさがこもったものだと感じると、ツナは胸が痛くて仕方なかった。
これからディーノに、此処を離れる願いをしなければならないのだから。
部屋に入るが、ツナはその場に立ち尽くしたままで、ソファーに腰掛けたりしない。
ディーノが促しても、そのままだ。
広い部屋でまた、ディーノが独りになるのかと思うと、堪らない気持ちになったが、
ベッドを見れば、トシロウの姿が映し出されてしまって、やはり此処を出なければ、と思った。

「……ツナ?」

ツナの表情が、酷く悲しげなものだから、ディーノはツナのこめかみの辺りを、優しく撫でる。
ごめんなさい、ごめんなさい。ツナは必死に、心の中で呟いていた。

「−……此処から、出してください…」

絞り出したような声で、ディーノを見るが、仮面の下がどういう表情なのか、読み取ることはできない。
ただ、ツナを撫でる動作が止まり、そっと、手が引かれた。
もう一度、ごめんなさい。と、心で呟く。

「……駄目だ。言っただろ?最初にー…」
「2ヶ月経ったら、必ず戻ります!−…トシロウさんの、誕生日が終わったら…!
トシロウさん、具合が悪いんです…。凄くお世話になった、人なんです」

必死の懇願に戸惑いながらも、ディーノは聞き入れず、ゆっくりと首を横に振った。
2ヶ月なんて、−なんて長いのかと、ディーノは感じた。
そして、自分の許から逃げていってしまうのではないかと、恐ろしかった。
ああ、でも、ツナがそんな人間ではないことは知っている。
けれどやはり、外の世界に戻してしまえば、自分のような化物とは、もう会いたくはなくなるだろうと、感じていた。
閉じ込めてしまったのだ。
あの、噴水の広場で、ツナが自分を求めてくれていた頃とは違う。
一度帰りたいと言ったツナを、縛り付けてしまったのだから。
街に帰ってしまえば、もうツナも、此処に帰りたいなどとは思わなくなるだろう。
それでも、こんなに泣きそうな顔をして、頼み込んでいるツナを、どうして拒否することができるだろうか。
首を縦に振ってやりたい。けれど、どうしても外に出してしまいたくはないー…。
ツナは絶望したように俯き、瞳を塗らしていた。
それを見た時、ディーノは諦めたように、悲しげに、ゆっくりと、瞼を閉じた。

「−…わかった。2ヶ月間だけ、お前は自由だ。ツナ」

低い声で、静かにそう告げると、ツナはパっと顔を上げる。
まだ潤んでいる瞳のまま、笑顔を溢したツナは、やはり愛しくて、どうしても手放したくないと、思ってしまう。

「2ヶ月。その時が来たら、迎えに行く。−…指輪は、外さずにいて欲しい」
「わかりました。…ディーノさん、ありがとう…」

ー街になんか、絶対に帰したくなかった。
ツナの微笑みが、明日からまた、遠くなってしまう。
今、目の前に存在していることが、嘘のような。
ディーノは思わず手を伸ばし、2ヶ月先までその温もりを忘れないよう、力いっぱい抱き寄せてしまいたかった。
しかし、それは、できなかった。

そうすれば更に彼を離せなくなるのは、目に見えていた。












夕方に屋敷を出て、街に着く頃はもう夜だった。
ツナが軽くお辞儀をすると、ディーノは闇の中に消えていく。
暫く、ディーノが居た場所を見つめたまま、ツナは動けなかった。








あー行ってしまった…><
自分でも切なくなってきたです。うう…ラブラブさせたい…!
ディーノさん大好きー!って、ディーノさんの胸にツナから飛び込んでいってほしいのに…!
幸せなディノツナが書きたくて仕方ないです。


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