ずっと探していたツナが、突然目の前に現れた。しかも、こんな街中で。
そして、その顔が疲れきって生気を失っていたこと。
モチダは驚きながらも、とりあえず自宅へと招いた。
最初はお茶と少量の焼き菓子を出していたが、その菓子の食べっぷりから、ツナが腹を空かせているのだと
知ったモチダは、メイドに食事を頼み、ツナの前には数々の料理が並べられた。
ある程度口にしたツナは、やっとフォークを置き、窓際に居るモチダに声を掛けた。

「……ごちそうさまでした」
「腹は膨れたか」
「はい…、…あの、ありがとうございました」

既にモチダは、自分を見ている。あのドレスを纏った自分と、確かに目が合った。
ツナはいつその事を持ち出されるのかと、内心、ハラハラしていた。
そしてモチダもまた、どうやってツナにそれを切り出そうかと思っていた。
そして今までどこに姿を隠していたのかということも。

「−…あの女性は、サワダ。お前だろう?」

単刀直入に切り出され、ツナは正直、驚いていた。
戸惑った瞳をモチダに向けていたが、やがてゆっくりと、首を縦に下ろしていった。
あんな馬鹿げた真似をしてしまった自分を憎んでいるのかもしれない。
自分の前に並んだ料理の皿達を見て、ツナは改めて、モチダが優しい人なのだということを感じた。
きっと疲れきった顔をしているであろう自分を、放ってはおけずにいるのだ。

「…すみません…」
「…声を出さずに何も話さなかったのはその為か…。まんまとしてやられたな」
「…っごめんなさい…」
「ああ、違う。オレの方こそすまなかった。妹が無理を言ったんだろう?事情は聞いている」

モチダの言葉に驚いて顔を上げると、彼はいつものように冷静な顔つきで、まっすぐにツナを見ていた。
彼が謝ることなど何もない。ツナはそう思い、そうではなく自分が悪かったのだと、話し始めた。
するとモチダは一瞬、目を瞠り、しかしその後、また静かに話し始めた。

「シュウはー…最近、見ないな。どうしてるんだ?お前が居なくなって、探しにでも出たか?」
「…いえ。家にもいなくって…借金があるとかで、家を売ってしまって」
「…なに?」
「あの家、もう違う人のなんです。だからあそこで待ってても父さんは帰らないし…」
「いや、父親のことより、……お前はどうするんだ」

心底驚いたといった表情で、モチダはツナに問いかけるが、ツナは視線を落ち着かなくさせて、口を噤んでしまった。
それが意味するものは、簡単に想像できた。
ツナは帰る家もなく、ー仕事は分からないが、ずっと姿を見せていなかったのだ。
きっともう雇わないという所がほとんどであろう。
仕事もなく、家もない。だからあんな所で、力なく座り込んでいたのだ。
モチダは心の底から、ツナに同情した。
意地汚い男だとは思っていたが、まさかシュウが此処までのものとは思わなかったのだ。

「……家で働くか?」
「−…は?」
「仕事がないんだろう?」
「そ、そうですけど…!だ、駄目です。そこまでお世話には…」

勢い良く首を振ったツナに、モチダは軽く溜め息を吐いた。
何かしてやりたいがこの調子では首を横に振ってばかりだろうと、諦めの溜め息だった。

「…わかった。知り合いの店が今、人手不足らしい。そっちはどうだ?」

モチダの提案に、ツナは目を丸くさせた。
職は欲しくとも、働き口がない状況は、ツナも十分に理解していた。
なのに、この提案はー…
自分の為の嘘なのではないだろうかと思ったがーそしてそれに甘えていいものか、
それを思い、ツナは暫く言葉を出せなかった。
だが、このままでは食べる物もままならない。
ツナは心を決め、モチダの言葉に甘えることにした。

「……オレでよければ、お願いします」
「家はどうするんだ」
「野宿でも何とかー…」
「…お前な。凍え死ぬぞ」

モチダの言葉に、ツナはうっと、返事に困った。
さっきまでの外の寒さが思い出され、野宿がいかに厳しいかを悟った。
外で過ごせるだろうと思っていた考えをあっさりと覆され、ツナは内心、不安で一杯だった。

(でも本当にどうしようもなければ、外しか……)

次の日に目が覚めたらラッキーだと思うような日々になるのかと思うと、ぞっとした。
けれど他に方法がある訳でもなく。
頭が真っ白になり、ぼうっと一点だけを見ていると、モチダがそうっと、ツナに提案した。

「ここに住まないか」
「……え?」

突然の提案に、ポカン…と口を開けていただけのツナだったが、やがてハっと瞳を大きくさせると、
またしても首を横に振った。
モチダを騙していた自分が、此処に住むだなんて。そんな事できるわけがない。
仕事を紹介して貰えるだけで、十分であった。

「そ、そんな、そこまでは……」
「ここなら食事も全て、出してやれる」
「!仕事を紹介してもらっただけで、オレ……!」
「住むところがないんだろう?妹の無礼を詫びたい。…オレの自己満足の為に住んでもらえれば、ありがたい」

モチダはきっと、こんな風に人に頼むような真似はしないのだと思う。
こんな言い方をしているのは、自分が気にしないように気遣ってのことだーというのはツナ自身、気がついていた。
強さだけでなく、優しさも兼ね備えている人間だと思う。
女性達が騒ぐのも、無理はないと、ツナは改めて思った。

「……ありがとう、ございます。でも…あの、何も払わない訳には」
「気にしなくていい。ドレスを着れば、求愛中の女性になるんだからな」
「−……え、と…」
「冗談だ。男を抱く趣味はない」

モチダが軽く唇の端をあげると、美しい笑みを見せた。
ツナも安堵の笑みを漏らす。結局、ツナの給料が入って、余裕ができるまでは置かせてもらうことになった。
モチダのおかげで、あんなに不安だった仕事や住まいの事が全て解消されてしまった。
何か聞きたそうな彼は、これから客と会う予定があるらしく、部屋を去っていった。
聞きたいことは、ツナにも容易に想像できた。
きっと、ディーノのことだろうとー…。




部屋に案内されると、そこは自分の家とは別世界であった。
ディーノの家で用意された部屋と大差ない広さ。
大きなベッドと、その隣に小さなテーブルがあった。
ディーノの所に居た時に見かけた、猿のオルゴールを思い出す。

(ディーノさん、……)

彼は今日、どんな風に過ごしたのだろうか。
一日中、ピアノに向かって、あの素晴らしい音色を奏でているのだろうか。
曲はー…

(また、切ない曲だったら……)

夜中に聞こえてきた、悲しげな旋律。
それをまた、家の中で響かせているのかと思うと、堪らないものがあった。
ランプを消し目を瞑ると、もう会えないトシロウの顔がぼやりと瞼の裏に浮かび、どうにも悲しくて、
なかなか寝付けない。
父がいなくなり、家はなくなり、母の写真も楽譜も、全て失ってしまった。
この世界で一人ぼっちー取り残されたような寂しさを感じ、ツナの瞳は涙で濡れた。
以前にも、悲しいことがあった。
そしてその時は決まって、空から優しい声が降りてきていたのだ。

(−ディーノさん……)

いつも、いつも暗い心を灯してくれたのは、ディーノだった。
それなのに今となっては、ディーノまでもが恐怖を感じる対象となってしまった。
優しい人だと思っているはずなのに、それは確実に分かっているはずなのに。
ーそれなのに、時折感じる恐怖は拭うことができなかった。
ツナの心の中は、ぐしゃぐしゃだった。
色々なものが混ざって、分からなかった。
ただ悲しみだけは確かで、溢れる涙は止まらない。
もう自分には、何もないような気がした。







モッチーと一緒に住むことになった…<ディーノさんはどこに…汗
餅綱になってしまうのか…!?
ディーノさんファイトー!



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