どうしても眠れず、部屋を抜け出し下に下りる。飲み物でも貰おうかと思ったが、もう遅い時間だ。
メイドも見当たらず、屋敷は薄暗い。
しかしこの薄暗さの中には、やはりディーノの屋敷で感じる重々しい空気は存在していなかった。
突然、ふっと明かりが付けられ、ツナは肩を上げて後ろを振り返る。

「何をしている」
「モチダ、さんー…。あ、あの、眠れなくて。飲み物をー…」

ああ、と、静かに呟くと、モチダはすぐにティーポットを取り出した。
紅茶の良い香りが鼻腔を掠めたのは、そのすぐ後の事であった。
席に着くよう促され、素直に従うと、ツナの前にティーカップが置かれた。
砂糖、謎の液体、紅茶が注がれる。
良く分からなかったものー、謎の液体が気になり、ツナがポカンとして見ていると、モチダが微かに笑った。

「ウィスキーだ。アイリッシュティーを知らないか?」
「…?さ、酒を入れるんですか。紅茶に、」

紅茶に酒という組み合わせなんて全く知らなかったツナは驚いて、目を真ん丸くさせた。
勧められ、早速一口飲んでみる。

「…おいしい」

温かいものが、喉を通り過ぎるのを感じ、落ち着いた気分になってくる。
素直に感想を述べると、モチダはまた、微かに口許を上げたようだった。
しかしすぐに真剣な表情になると、ツナを真っ直ぐに見つめ、まだ彼は紅茶にも手を付けていないのに、口を開いた。

「…本当に、あの化物に攫われていたのか?」

いつか聞かれるだろうとは思っていたが、急な質問に、ツナはすっかり驚いて、またしても目を丸くさせた。
ディーノを化物と呼ばれたことにも、今更ながら、ひどく驚いていた。
カップから口を離し、暫くゆらゆらと揺れる水面を見ていたが、やがてモチダに視線を戻した。

「−…攫われた、わけじゃ…」
「あいつは何処に隠れてる?どれだけ探しても見つからない」
「…分からないです」
「−…何故、あいつを庇う」

静かに、しかし強く言われて、ツナは再び視線を落としてしまった。
庇っているというより、本当に居場所などわからないのだ。
気がついた時には、ディーノの屋敷に居たし、帰った道も、よく覚えていない。
知っていたとしても、勿論、モチダに教えたりはできないが。

「…、何か弱みを?」
「違います。そんな人じゃありません」
「そんな人じゃ、ないーとは?」
「や、優しい人です」
「化物が、か?」

モチダは怪訝な顔つきをしていた。ファントムを優しいなどと言ったツナが、信じられないようであった。
しかしツナは、更に話を続けた。
皆は誤解しているのだと、モチダに言った。

「−…信じられないな。大体、オレは右肩もやられてる。突然落ちたシャンデリアだって、あの化物の仕業に決まっている」

ツナは言葉に詰まってしまった。
ユエも、言っていた。モチダが怪我をしたと。そしてそれは、ディーノの仕業なのだと。
けれど、ツナはまだどうしても、信じられなかった。
時折見せる、瞳の怖さも、ディーノの奥に潜んでいる尋常ではない闇にも気がついていたが、
やはり、信じたくなかったのだ。

「……痛むんですか?」
「−…いや」

けれど今日、右肩を摩った彼を、何度も目にした。
まだ、痛みがあるのだと思う。
そしてモチダもピアノを弾くのに、肩が痛めば満足に弾けないのではないかと、ツナは思った。

「ピアノに支障は?」
「そんなにはない。ー…けれど、自分で弾くよりかは、お前の演奏が聞きたい」
「オレの…?」
「…ダメツナと呼ばれているのも良く理解できるが、−…ピアノの腕は、認めているつもり、だ」

モチダは、決して視線を合わさずに、照れくさそうに言うと、すぐにカップに口を付けた。
今は綺麗なドレスを身に纏っていない、男のままの、「ダメツナ」の自分なのにー
それを、モチダが褒めたことー。その内容が、自分の愛してやまない、ピアノであることー。
ツナは驚き、そして、たちまち、胸が嬉しさで一杯になった。

「オレで良ければ、いつでも」

満面の笑みをモチダに向けると、モチダは一瞬、目を見開き、そして微かに笑った。
モチダは漸く、分かりかけていた。
ツナは「ダメツナ」と呼ばれているが、それは街の皆が内に秘められた彼の素晴らしさを、
全く理解していないからだということを。
そして自分は、確かにあの女性の外見の美しさにも惹かれたが、それ以上に内面から溢れ出る魅力に、
心を奪われていたのだ。
今となっては、もうそんな気持ちは起こらないと思っているが、それでもツナが「ダメツナ」などれはない、
ということは、もうモチダは理解していた。

「−…お前、じゃあオレが弾いてみろと言ったあの時は、わざとヘタクソに弾いていたわけか…」
「−…すみません」

あの時は焦りました、とツナが少し笑ってみせるとモチダも声を出して笑った。
ピアノの話から、女装している時の焦ったことなど、話は尽きず、喋りこんでいると、ついには時計が三時を指した。
一つ欠伸を漏らしたツナを見ると、モチダは、ツナを部屋へ戻るよう促した。
広い屋敷だ。無事部屋に辿り着けるか不安なツナを察して、モチダはツナを、部屋の前まで案内する。

「−…ありがとうございます。おやすみなさい」

ツナがそうっと扉の中に消えていくが、モチダはなかなか、扉の前から離れられなかった。
まるで、何かの魔法にかかってしまったようだ。

(−…外見以上に惹かれたのは、内面ー…、か…)

それにしたって、もう、女性ではないことが分かったのだし。
彼が魅力的な人間であることも分かるが、もう、あの女性に起こったような感情は起きないのだろうと思った。
女性では、ないのだし。第一、前々から知っている人間だ。
有り得ないだろうーと、モチダは、自分の中で感じた、「なにか」を打ち消すように、心の中で、何度も繰り返し呟いていた。




ま、またしてもディーノさんがいません。ヒィ〜…すみません…。
う、うう…。早くディーノさんと再会させたい><
というかディノツナ書きたいんです、けども…!!




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