ツナは何を言ったらいいのか分からず、ただ、上を見上げることしかできなかった。
そして、上を向いていないとー溢れてしまいそうだった。
まるで会ったばかりの頃のように、ディーノはこの広場で、このー屋根の上から、言葉をかけてくれた。
椅子から立ち上がり、ディーノに少しでも近づこうとするが、屋根一枚が、こんなにも遠い。
届かない。

「ー…元気ねぇな」

美しく、耳に響く声。この声を聞けば、いつだって安心できた。
何度慰められたかー支えられていたか。
どんなに感謝しても、足りはしない。
今、ディーノはどれだけ孤独でいるのだろう。
この街で、こんなにも恐れられ、恐怖のシンボルとなり、それなのに、
皆の言う化物は、美しい声を持ち、温かな心も、確かに持っている。
それなのにー皆が言う言葉は、皆がする噂は、「彼は恐ろしい」「醜い」とそれだけだ。

どれだけの孤独を抱えるのだろう。
この街の夜までも、支配してしまって。

ふわりと目の前に、黒色の布地が舞ったかと思うと、次に目に入ったのは、白い仮面だった。
半分だけではない。目の部分全てを、覆っていた。
そのせいで、表情は分からない。
ディーノがゆっくりと、手を上げると、形の良い指が、ツナの頬に一瞬だけ、触れた。
ほんの少し触れてーまた、戻した。
触れる寸前のところで、ディーノの手は、ツナの頬を包むようにしている。
触れられていないのに、頬が冷たくなっていくようだ。

「…街ではまだ、色々と噂されてるだろ」
「……は、はい…」
「−帰すんじゃ、なかったな…」

街の噂に触れ、この化物の噂にも再び触れてしまっただろう。
帰すのではなかったー。
外の世界に触れさせたら、もう、戻ってきたいとは思わない。
忌み嫌われてしまう。

「−…まだ、オレを大切だとー言ってくれるか?」

会ったばかりの頃のように。
街の噂に触れても、まだ尚ー、首を縦に振ってくれるだろうか。
仮面の奥で、ディーノの透き通った瞳が、微かに揺らめいた。
ツナはそれを見て、深く、深く胸が沈んでいった。
ゆっくりと頷くと、ディーノはいささか、安心したようだった。

ーツナの瞳が、以前とは比べ物にならない程、自分を見なくなったことに、気がつきながらも。

「ー怖くないか?」

その質問を口にした時、今度はツナの瞳が揺らめいた。
ゆっくり、頷こうとしているのだろう。
だが、それができないでいるらしかった。
眉を寄せ、唇を噛み、深くー顔を俯かせてしまった。

「こわいなんて…っ」

あるわけがない、と、言いたい。
その瞳の奥に秘められた激情も、深い闇も、全て、全て恐怖など感じないと、言い切りたい。
なのに、−それなのに。

こわい、なんてー。

答えに苦しむツナを見て、ディーノも、深く俯いた。
ぼんやりとー今、ここにあるのは、絶望だった。
ディーノはツナをぐるりと反転させると、自分の姿が見えないようにした。
背中越しに、ツナに話しかけた。

「ディーノさん…?」
「無理にオレを見ようとしなくても、構わない。怖いだろ?」

静かに、静かに、しかしツナを怯えさせないよう、穏やかに話すディーノの声は、ツナの心に染み渡り、
ツナは切なくて仕方がなかった。
ああ、どうしてーどうして「怖くなんかない」と「そんなことはない」と言えないだろう。
なんて自分は、臆病な人間なのだろう。

これほどまでに感謝しているディーノに対して、なんてことだろうー。

ツナは、声を出せなかった。
何も、口にすることができなかった。

「…許してほしい」

きっと、触れるのも、もう嫌なのだろうけれどー
それを思うと、鋭いナイフが、容赦なく、ディーノの心を突き刺した。
ぎゅうっと、背中ごとツナを抱きしめると、ツナは少しビクリとしたが、特に抵抗はしなかった。
怖いだろうに、動かずに、じいっとしていた。

(ほんと、優しいな。お前はー…)

久しぶりに触れた、ツナの体はやはり温かい。
自分は、なんと冷えた体をしているのだろう。
ツナを、凍えさせるだけー。

「ごめんなさい…っ」

答えてあげられずにー。
彼の体はこんなにも冷たく、自分でいいなら、ずっと側に居て、笑顔になって欲しい。
二ヶ月経ったら、また、戻らなければー。ああ、でも、こわい!
大切な人。大切だ。大切な、ディーノ。そして、こわい人。

「二ヶ月経ったら、その時は」

必ず、必ず戻りますー。
必死に紡いだ言葉は、少し震えていた。
ディーノはゆっくりと瞳を閉じ、ゆっくりと、ツナを解放した。

「−…ああ。おやすみ」

ツナの髪を優しく一撫ですると、ディーノは夜の闇に消えていった。
ザアっと、激しい風と共に。
ツナは暫く、その場に残っていた。やがて立っていられなくなり、その場に崩れた。
ディーノを想い、ひっそりと、膝小僧を涙で濡らした。












ギャアアア…
もうすみませんディーノさんファンの方々というかディノツナスキー様すみませぬ…
ううう。

読んでくださってありがとうございました。




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