ツナはルリの手から何とか逃れると後退さり、ぎゅっと拳を握り締めた。 この指輪だけは、渡せないー。 音楽を与えてくれた証。 ディーノにこれを与えられ、彼が外さないように願った指輪だ。 渡したりはできない。 「なんなの、どうしてこっちへ渡さないの?明日の噂は貴方が泥棒だという話題で持ちきりになってもいいの」 「泥棒なんてしてません。それに、これだけは渡せません」 カッ、と、ルリの頭に血が昇った。ツナが自分に逆らっている! この、自分より身分の下の、みすぼらしい者が、あろうことか、自分に楯突いている。 ルリの中で、許せることではなかった。 何とかして、ツナを困らせてやりたい。その思いが膨らんで重たい闇の靄が、胸の中に充満していった。 「自分がどういう立場がお分かり!?」 バシっと、持っていた扇子を思い切りツナにぶつける。 しかしツナは指輪を差し出そうとはしなかった。 きゅっと唇を結び、さっきと同じ言葉をルリに向けた。 「…すいません。けれど、これは渡せません」 いよいよ、ルリはワナワナと、怒りで手と口を震わせた。 瞳は怒りに燃え、口元を隠す扇子はもはや床に落ちてしまっているものだから、ルリの赤い口紅が怒りに震えるのを 真っ直ぐに見れてしまい、ツナは思わず視線を逸らした。 「いいわ!それなら、私が満足するだけの指輪を持っていらっしゃい! イミテーションなんて持ってきたら、すぐにでも追い出してやるわ」 ーああ、今夜、彼女と偶然に会ってしまったことを、心から後悔する。 いや、今夜会わなくても、いずれこういうことになっていたに違いないが、それでも、ツナにはルリを満足させられる 指輪を持ってくることなど、到底不可能なのだ。 ツナは絶望に打ちひしがれた。 「む、無理です。今、オレはお金がー…」 お金がないから、この家に置いてもらっているというのに、彼女にはそれが分からないのだろうか。 それが分かっていても、目の前の人間の苦しみや悲しみや痛みを、分かろうとはしないのだろうか。 「一週間、待ってさしあげるわ。もしも持ってこれないのなら、そうね。もうこの家には居られないものと思いなさい。 兄に貰った仕事も、それきりだということを、良く覚えておくのね」 自分の言いたいことだけを言って、ルリは去って行った。 ツナは暫く、その場に立ち尽くしてしまった。 どうしたらいいのか分からないー。 やはり、幸せとは長続きしないものだ。いつも、何か救いがあったかと思えば、次の瞬間に困難が降りかかる。 ああ、しかし、こんなところでめげているわけにはいかない。 母の楽譜も、写真も、失った。何も守れなかったが、これだけはー。 (これだけは、守りたい) ツナはそっと左手を持ち上げると、優しく指輪に口付けた。 一週間でルリが満足してもらえるような指輪を買うー。それにはお金が要る。 莫大な金が要った。 仕事を増やさなければならない。 ああ、何とか、何とかしなければー。 翌日、仕事の前の時間も、仕事が終わってからも、ツナは足が棒になるまで歩き続け、仕事を求めて彷徨った。 しかし、やはりそう簡単に仕事をくれるところはない。 どうしたらいいのだろう。もう1日、過ぎてしまったなんて。 これでは、ディーノの指輪が守れない。 どうしたら どうしたら どうしたらー。 心の重りは増すばかりで、仕事は見つからず、もうルリに土下座でもして勘弁してもらうのに他ならない。 そんなことを考えながら、自分に与えられた部屋に戻ると、ベッドの上に、小さな四角い箱と、白い封筒が置いてある。 なんなのだろうと、ツナはそれを手に取った。 箱を開けると、眩い輝きを持ったピンク・ダイヤモンドの飾りが付いた指輪が入っていた。 あまりの輝きに、ツナは瞳をパチパチとさせてしまった。 それから急いで封筒を開ける。 『ルリ嬢に捧ぐ。 君の救いになるのならば、どんなものでも彼女に捧げよう』 ツナは、ぼんやりと、あの、花束のことを思い出した。 見事な薔薇の花束が、家の前に置かれていたことがあった。 あの時も、メッセージカードが付いていた。 (あの時の字ー…) よく、似ていた。 ツナが困った時に何者からか差し出されたドレスや扇子、ランプに食器。 そしてあの、見事な薔薇の花束ー。 一度、ディーノに聞いたことがあった。 それは、彼が自分に与えてくれたものなのかと。 贈り物を届けてくれる、自分を救ってくれた人物は、貴方なのかと。 『ー…ディーノさん、なんですか?』 『ん?』 『ー…ドレスに扇子。ランプに食器ー…。それに、薔薇の花束ー…』 しかし、ディーノではなかったのだ。 『残念だけど、違う。オレじゃねーな』 彼はNOと言った。ディーノではないのだ。 だからツナはてっきり、トシロウだと思った。 ディーノがNOと言うのならば、彼以外に、考えられなかったのだ。 トシロウは自分に、仕事が回るように取り計らってくれていたらしいし、きっと彼だったのだと、 トシロウが死んだ後になって気がついて、お礼も何も言えなかったと、ツナはひどく後悔したのだった。 しかし、今ー。 今、また指輪が贈られた。 自分が困って、どうしようもない時に送られてくる贈り物。 トシロウは、もうこの世にはいない。 つまり。 つまりー 「…ディーノ、さん…?」 やはり、彼だったのだ。 困った時に、いつも手を差し伸べてくれる。 落ち込んだ時に行った、噴水の広場。ディーノと交わした会話。 どれだけ、救われたか分からない。 そうしてまた今、救ってくれようとしている。 (オレは恐いなんて、思ってしまってたのに…!) なんてことだろう。 ツナは指輪を握りしめたまま、部屋を勢い良く飛び出した。 勢いのみで走っている。足が、勝手に走るのだ。 そして向かう先は自分でも分かっていた。 ディーノとの場所。噴水の、広場であった。 |
ツナ大変…
読んでくださってありがとうございましたvv
NEXT→
←BACK
小説へ戻る