3時のお茶の時間。 今日はツナも休みを貰ったらしく、少し高めの椅子に腰掛けて、ティーカップに口を付ける仕草が目に入った。 (…似合わないこと) 香りの良いダージリン・ティーも、大理石の床も、金箔で装飾されているティーカップも、 何一つツナに似合うものなどないというのに、どういうわけか、兄は自ら、ツナに茶を淹れていた。 ルリは一目見た瞬間に、兄はおかしくなったのかと思った。 メイドにやらせたらいいものを、あの兄が自分で、茶を用意するなどと。 しかも、ツナなどに。 ー今までもそうだ。どういう訳か、兄はツナに優しい。 ルリはそれを、快く思っていなかった。 すぐにでも追い出したいツナを庇ったことも、ツナには、「他に見せない」顔を見せることも。 兄は一体、どうしてツナにあんな態度を取るのか。 何か弱みでも握られているのか。 ルリはどうしても、理解できなかった。 しかし兄の前で、ツナに意地悪く笑ったりしたら、自分が叱られてしまう。 ルリは兄を尊敬していたし、慕っていた。 故に、冷たくされたり、怒られたりするのは悲しいことだった。 「−…お兄様っておかしな人ね!」 プイっとそっぽを向くと、勢い良く椅子から立ち上がる。 プリプリと怒りながら、ズカズカと歩くさまは、とても高貴なお嬢様とは思えない。 モチダは、ルリの言った意味が分からなくて、軽く首を傾げた。 ツナはただ、ポカンと見ているだけだった。 一口、一口ー、美味しい紅茶はすぐに飲み干してしまったが、体は十分温まり、ツナはモチダにご馳走様を言った。 ふ、と、指に手をやり、軽く人差し指を動かしたツナを、モチダは見逃さなかった。 ー最近、彼はピアノを弾いていない。 ツナが気にする為と仕事を与えたが、それは彼から時間を奪ったのだ。 夜遅く帰れば、音を出すこともできないのだろう。 「−…今日は行かなくていい」 「は?」 「仕事だ。人手が足りていると、連絡があった」 「へ…、い、いいんですか。あ、それとも、何か手伝うことー」 「ない。ピアノでも弾いてろ」 カタンと席を立つ。 この少年い大しては、随分甘くなってしまう自分を自覚しながら。 恋をした女性ならばー…しかし相手は男で、甘やかすべき相手でもないのに、 それでも、今まで関係のある女性の誰よりも、甘やかしたくなってしまう。 彼が好きだ。 味わったことのないくらいに甘美なときめきは、これまでの恋とは違うことを意味していた。 確信していた。彼が、自分にとって、唯一の人間になるのだと。 面白くない。 ルリは扇子を扇がせながら、目の前にいる男を睨んだ。 シュウは、ルリの側にいるというだけで緊張して固まっているというのに、切れ長の、細い目で睨まれたら、 もうブワっと、脂汗が吹き出して堪らなかった。 ーこの男は、あの謎の女性を知っている。 ルリは考えていた。 尊敬し、敬愛する兄の寵愛を受けながらも、兄をないがしろにし、未だに何の連絡もよこしてこないらしいあの女性に、 何らかの罰を与えてやりたかった。兄は侮辱されたのだ。 勿論、自分があの女性に手を出したなどという事が知れたら兄にとんでもないお叱りを受けるのだろうから、 巧妙に、ひっそりと行うのだと決めていた。 「−あのう、ルリ様。何か御用なのでしょうか…」 「…あの女性は今、どこにいるの?いざ探そうと思っても、尻尾すら掴めないのよ。貴方、何か知っているでしょう?」 「女性、とは…?」 ルリはうんざり、と溜め息を吐いた。 こんな薄汚い男とは話したくもないのに、口を聞いているのは兄の為だというのにー。 さっさと用件を済ましてしまいたいというのにー。 鈍感な男に、腹が立った。 「女性よ!貴方の恋人だったんでしょう?舞踏会に連れてきていた、あの、女性よ」 「…や、ああ、あの、女ですか…」 「そうよ!明日のー、そうね、1時頃がいいわ。連れてきて頂戴!」 「しかし明日はツナは仕事ー…」 シュウは言葉を出した瞬間、ハっとして口を抑えた。 ツナ、という名を口にしたのだ。 今この瞬間まで、ツナの話など何も出ていなかったのに、何ということだろう。 つい、口が滑ってしまった。 シュウは何とかごまかせないかとワタワタとし、目をキョロキョロとさせたものだから、 彼が「何かを隠している」という事が、ルリには分かってしまった。 扇子の扇ぎを止め、シュウに詰め寄る。 「−…ツナ?何なの?どうしてあの男が今ー…」 「し、仕方なかったんです…!俺がー…、俺が悪いわけじゃない!ツナが、ツナが言い始めたことなんです」 「…?何を言っているの…?」 「あいつが、…あいつはモチダ様を好きなんです。そういう目でー…!気味の悪い話と思うでしょうが…いや、実際俺も、あいつは気がおかしくなったんじゃないかと思ったんです!それで、だから…頼まれたんです。俺は、頼まれただけなんです。ツナに頼まれた、だけなんです。舞踏会に連れて行くように…”女装”なんてことをして、モチダ様をたぶらかすような真似ー…俺は必死に止めようとしたんです!」 もう言い逃れできないと思ったのか、シュウはペラペラペラペラと、堰を切ったように喋りだした。 ツナが自分に頼んで、ドレス姿のまま、モチダに会わせろと頼んだのだと、ーだから自分は悪くないのだと、嘘まで吐いて。 それを聞いたルリは、あまりの事実に瞬きをすることすら忘れ、目を見開いていた。 ーあの女性はツナだった。ツナだった! 信じられない、信じたくもない。 (お兄様があれほどまでに求愛していた女性が、あの、忌々しいツナ…!) やがてワナワナと震え出し、扇子をぎゅうっと握り締めた。 シュウに背を向け、物凄い勢いで歩き出すと、ツナの部屋へ向かった。 |
久々の更新でした><なのにまたディノさんがいらっさらない…ポカン…。
ば、ばれた…のに ツナが モチ に ラブ だと ルリに 誤解 されて しもうた…
読んでくださってありがとうございました!vv